吹田簡易裁判所 昭和30年(ハ)43号 判決 1960年8月08日
原告 株式会社 菊利
右代表者代表取締役 真鍋義晴
原告 辻恵美子
右両名訴訟代理人弁護士 渡辺弥三次
被告 金沢尚淑
主文
被告と原告両名間の吹田簡易裁判所昭和三十年(イ)第一八号貸金請求和解申立事件の和解調書に基く強制執行は許さない。
訴訟費用は被告の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和三十年十二月二十一日なした強制執行停止決定はこれを認可する。
前項に限り仮に執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、原告等外二名と被告とは当裁判所昭和三十年(イ)第一八号貸金請求和解事件につき昭和三十年六月二十三日次のような和解(以下本件和解と称する)が成立しその和解調書が作成された。即ち
(一) 相手方五名(原告等外二名)(以下同じ)は申立人(被告)(以下同じ)に対し金二百十萬円の連帯債務を認め昭和三十年七月末日限り申立人方に持参して支払うこと。
(二) 相手方等においてこれを右期日に支払はないときは(1)略(2)相手方株式会社菊利(原告)(以下原告会社と称する)は所有の天王寺区上汐町四丁目四二番地上家屋番号同町第一一五番木造瓦葺二階建店舗一棟建坪十七坪六合七勺二階坪九合九勺(3)相手方辻恵美子(原告)は所有の同所同番地上家屋番号同町一一六番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十一坪八合一勺二階坪九坪三合の所有権をそれぞれ申立人に移転し、これにつき所有権移転登記手続を為し、その後一ヶ月を経たときは右相手方等は申立人より催告なくともこれを明渡すこと。(略)
(三) 相手方等は申立人の承諾なくして第三者に対し右二項記載の物件を転貸し若しくは占有を移転しないこと、これに違約したとき直ちに明渡を求められても異議なきこと。
(四) 略 (五) 略
二、しかし原告株式会社菊利の右和解はつぎのとおり無効であるから前項和解調書に基く強制執行は許さるべきものではない。即ち
(1) 右和解は訴外覚前勝己が右原告の代表取締役(昭和三十年五月三十一日(和解前)任期満了により退任したものであるがその登記は同年十二月十七日(和解後)に為す)として為したものであるが、これは同人が旅行会と称する団体に対する約百萬円の横領金債務弁償のため被告から金借するにつき為されたものであつて商法第二六五条所定の自己の為に取引を為す場合にあたるにもかかわらず、これにつき取締役会の承認を受けず被告またこの事実を知つて本件和解を為したものである。
(2) 右和解条項(二)の(2)の記載建物は原告会社の料理営業の営業所として保健所から許可された唯一のもので、他に営業所も建物もない。原告会社は右建物を他に譲渡することは商法第二四五条第一号の行為にあたるのにこれにつき商法第三四三条の特別の株主総会の決議がなかつたものである。
三、又原告辻恵美子の右和解はつぎのとおり無効であるから右和解調書に基く強制執行は許さるべきものでない。
即ち右和解は訴外弁護士妻木隆三が右原告の訴訟代理人となつてこれを代理し為されたものであるが原告辻恵美子は右弁護士妻木隆三にそのような代理権を与えたことなく、右は訴外覚前勝己が擅に同原告名義のその旨の委任状(甲第一号証)を偽造して右弁護士に交付し同弁護士はこれによつて同原告の訴訟代理人となつて為された無効の和解である。
四、さらに原告両名の本件和解につきては次のとおり無効である。即ち
(イ) 和解条項(一)において金二百十萬円の連帯債務を認めているけれども、この金額は(1)訴外覚前勝己が訴外旅行会と称する団体に対する横領金弁償のため被告から借用した金八十萬円、(2)被告が訴外近畿相互銀行から同銀行の訴外東亜金属株式会社及び第一工業株式会社に対する貸金残債権を被告において譲受けるにつき被告が右訴外銀行に支払つた金七十萬円(3)右(1)(2)に対する二ヶ月分の天引金利等の合計であつて、右(1)以外の債務は存在せす。
(ロ) 訴外覚前勝己は訴外旅行会なる団体の金を横領したことが発覚して刑事問題に発展し横領金を弁償して処罰を免れようとし金策に苦慮し、被告に金借を申入れたところ、被告はその事情を知り同訴外人の窮迫に乗し事実は金八十萬円を貸与したのにかかわらず金二百十萬円の連帯債務を認めさせ、かつこれを期日に返還しない場合は右原告等所有の建物を代物弁済とすることを約させる等被告は不当利益の取得を目的とした契約であつて公序良俗に反する無効の和解である。
被告は原告の請求を棄却するとの判決を求めその答弁として次のとおり述べた。
原告主張の一の事実は認む。同二の(1)の事実中訴外覚前勝己が原告会社の代表取締役として右和解をしたことは認めるがその他の事実は争う。同二の(2)の事実中和解条項(二)の(2)記載建物は原告会社の料理営業の営業所として保健所から許可された唯一のもので他に営業所も建物もないことは認めるが、その他の事実は不知。
同三の事実中本件和解は訴外弁護士妻木隆三が原告辻恵美子の代理人となつてなされたものであつてその委任状は訴外覚前勝己が被告の面前で同弁護士に交付したことは認めるがその他の事実は否認する。
同四(イ)(ロ)の事実は否認する。
抗弁として
(一) 仮りに訴外覚前勝己が原告株式会社菊利の代表取締役として本件和解を為すにつき商法第二六五条の取締役会の承認を受けていないとしても商法第二六五条の取締役会の承認を要する旨の規定は会社と取締役個人間の会社内部に関するもので外部に対しては右規定の適用はないのであるから被告に対しこれを主張することはできない。
(二) 仮りに原告辻恵美子の右和解の訟訴代理人弁護士妻木隆三に対する委任状は訴外覚前が擅に作成したものとしても、同原告は当時右訴外人の妾でその前同原告の本件家屋を訴外近畿相互銀行に増抵当権を設定する代理権を有していたものであるが、本件和解条項(二)(3)の家屋は右訴外人が建築して与えたものであるし右委任状に押した原告の印鑑は同訴外人が前から保管していたものである。被告はこれ等の事由により同訴外人に右委任及び委任状作成の権限ありと信じこれを信じるにつき正当な理由があり、従つて右弁護士妻木隆三は原告辻恵美子の右和解の代理権を有していたものであるから右和解は無効でない。
と述べた。
原告代理人は抗弁事実は否認すると述べた。
証拠として≪省略≫
理由
原告主張一の事実(本件和解)の事実及びその和解は訴外覚前勝己が原告会社の代表取締役として為されたことは本件当事者間に争いない。
右当事者間に争いない事実と成立に争いない甲第四五号証同第四六号証、証人米倉卯三郎の証言により成立を認める甲第五〇号証、公文書であることに争いない乙第四号証の一乃至七同第五号証の一乃至三、証人覚前勝己(一、二回)同中島勇吉、同米倉卯三郎(一、二回)同梶山三郎同近石尹光の各証言によると、訴外覚前勝己は訴外旅行会(旅行倶楽部ともいう)なる団体に横領の弁償債務約金八十萬円を負担しており、これを支払うため被告に金借を申込んで担保を求められたので、訴外覚前勝己はその前自分等が訴外近畿相互銀行(元近畿無尽株式会社)に対する無尽掛金債務につき第一工業株式会社、東亜金属株式会社、原告等各所有の不動産(本件和解(二)(1)(2)(3)の不動産を含む)を担保に供し、これに抵当権設定登記を受けていたがその債務は既に一部弁済しており被告においてこれを肩替りし右近畿相互銀行からその債権及び抵当権の譲渡を受けるときは、担保に餘裕ができるので交渉の上被告において近畿相互銀行に金七十萬円を支払うときはこれを被告に譲渡することとし、被告は同銀行に右金七十萬円を支払うと共に右債権及び抵当権の譲渡を受けてその登記を経由した。よつて訴外覚前勝己は、本件和解条項(二)のとおり(二)の(1)(2)(3)の不動産を担保に被告より金八十萬円を金借することとして本件和解を為し、その旨の本件和解調書を作成させて右金員を受取り前記旅行会に支払つたが、右和解は訴外覚前勝己が原告会社の代表取締役として弁護士妻木隆三を原告会社の訴訟代理人に選任して為されたものであるが、訴外覚前勝己はこれにつき原告会社の取締役会の承認を受けていなかつたことが認められる。
しかして本件和解は前記認定のとおり訴外覚前勝己の個人の金借債務につき原告会社において連帯債務を負担しこれを約定どおり支払はないときは原告会社所有の不動産等の所有権を被告に移転して登記をしその後一ヶ月内に明渡す旨約したものであつて、これは右代表取締役個人が会社の財産を基礎にして被告から金融を受けるわけで右代表取締役個人が第三者(被告)を通じて会社と金融取引をするのと同視すべくこれは代表取締役個人と会社とが利害反するのであるからその関係は商法第二六五条所定の「取締役が会社と取引を為す」場合に該当するものと解すべきである。この取引行為に取締役会の承認を要することとしたのは、取締役の専断によりその取締役等の個人的利益のため会社が損害を蒙り引いて会社の財産を危くし広く会社の債権者等に損害を与える場合あることを考慮して定めたものである、そしてその取引行為により右のような結果になるかどうかは取締役会の決するところであるから取締役会の承認のないことを知つて右取引行為に干与した第三者に対しては、これを理由に取引行為の無効を主張することができるものと解する。
しかして本件和解につき原告会社の取締役会の承認がなかつたことは右認定のとおりなるところ証人覚前勝己(二回)の証言によれば訴外覚前勝己は被告から本件金融の金員を受取るとき被告に対し「金借につき原告会社の他の重役が抗議を出したときは自分の責任で解決する」旨の念書を入れた事実等が認められ、被告は本件和解の際これにつき原告会社の取締役会の承認がなかつたことを知つていたことが認められるから、原告会社は被告に対し本件和解の無効を主張できるものと解する。
被告は商法第二六五条の取締役会の承認を要する旨の規定は、会社と取締役個人間の会社内部に関するもので外部に対しては右規定の適用はないのであるから、本件和解につき原告会社の取締役会の承認がないとしてもこれをもつて被告に無効を主張することはできない旨抗弁するところ、右のごとく被告において本件和解の際右承認がないことを知つていたものであるから被告(外部)に関してもこれを理由に無効を主張できるものを解したものであつて右抗弁は採用することはできない。
そうすると原告会社の本件和解は無効である。
甲第一号証中原告辻恵美子の氏名及び同人名義の印影は証人覚前勝己(一、二回)同辻かよの証言により真正に成立したものでないことが認められ右部分の記載は証拠とすることができないから甲第一号証中右部分を除いたその餘の部分成立に争ない甲第四五号証同第四六号証及び証人覚前勝己(一、二回、)同辻かよ、同妻木隆三の各証言によれば、本件和解は原告辻恵美子が弁護士妻木隆三に本件和解等の権限を委任する旨の委任状(甲第一号証)が作成されその委任状に基いて同弁護士が原告辻恵美子の訴訟代理人となつてなされたものであるが、右委任状の原告辻恵美子の氏名印影は、訴外覚前勝己が辻恵美子の承諾ないのに擅に記名捺印したもので、原告辻恵美子は弁護士妻木隆三に本件和解につき何等の代理権を与えた事実のないことが認められる。
被告は原告辻恵美子の本件和解につき同原告が訴訟代理人弁護士妻木隆三に対する委任状は訴外覚前勝己が擅に作成したものとしても、訴外覚前勝己に右委任及委任状作成の権限ありと信ずべき正当の理由があり従つて弁護士妻木隆三は同原告の右和解の代理権を有していたものであるから本件和解は有効である旨抗弁するけれどもその抗弁のとおりの事由があつたとしても、本件和解の訴訟行為については民法の表見代理の規定は適用ないものと解するから、訴外覚前勝己の表見代理従つて弁護士妻木隆三の表見代理を前提とする右抗弁は採用できない。
そうすると辻恵美子の本件和解は無効である。
右のごとく原告等の本件和解は何れも無効であつてこの和解により作成された本件和解調書に基く強制執行は許さるべきでないから、その他の点につき判断するまでもなく、原告の請求は正当でありこれを認容する。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を強制執行停止決定の認可並びにその仮執行の宣言につき同法第五六〇条第五四八条一項二項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 古南為一)